All Tomorrow’s Girls

It's hard to stay mad, when there's so much beauty in the world. ━American Beauty

天井桟敷の人々が語った土方巽のエピソード

私は腰痛に悩まされる度に、家にいる間は、医療用の白いコルセットをするのが習慣になってしまった。格好悪いし、外す際もマジックテープがバリバリ言って本当にダサい。けれど、するのとしないのとでは明らかに腰の軽さが違う。

白いコルセットといえば、2年前に読んだ萩原朔美著「演劇実験室 天井桟敷の人々」に、舞踏家土方巽も女性用のコルセットをしていたという話が出てきた。恐ろしく印象深かったので、その箇所を引用して紹介したい。
 

 土方さんの公演というのは、土方さん本人の公演ではない。同じ暗黒舞踏の人の公演である。ラストに、赤く焼いた蹄鉄を自分の胸に焼印のように両手で押し当てる。そこで幕、ということになっていた。
 ところが、本番でそのダンサーが、どうしても胸に当てられない。それはそうだろう。近づけただけでも焼けるような熱さだ。裸の自分の胸に当てることなど、とうてい不可能だ。何度も必死で試みるのだが、手がスルッと目標を滑り外してしまう。無意識の手の動きなのだ。このままだと終らせられない。
 その時、舞台袖でじっと見ていた土方さんが舞台に出ていって、蹄鉄を奪うと、いきなりダンサーの胸に一気に押し当てたというのである。それでなんとか幕が下りた。ダンサーは口から泡を吹いて失神し、すぐ救急車を呼んだという。




 土方さんは、時々人を驚かす話をする人だ。話をして、その人の反応を確かめる。そんな様子もあったと思う。
 私がその話を聞いたのは、稽古場かそれともどこか喫茶店で打合せしている時だったか、場所はどうしても思い出せない。身体の訓練方法の話や、ヨガの日々の訓練法は面白いという話題の後だった。ダンサーが恐ろしい形相で、何度も真赤な鉄を近づけようとする様を、身ぶりをまじえて話す。私はあまりに凄いので仰天した。
 この話をした後に、土方さんはシャツを捲り上げて、胴にしている女性用の白いコルセットを見せてくれた。細身のコルセットが責め具のように痩身の皮膚にくい込んでいる。踊る1週間前は絶食してコルセットをしていると、土方さんは事も無げに言った。その姿で焼けた鉄の話を聞いたので、舞踏の世界の身体を張った迫力に感激し、興奮してしまったのだ。
 劇団に帰って、私はすぐさま誰かに話した。その話が別の人間に影響を及ぼすなど考えもしなかった。

「演劇実験室天井桟敷」の人々―30年前、同じ劇団に居た私たち」萩原朔美 著 P.54とP.56から